Lake Victoria ビクトリア湖

人類?発祥の地と聞いていたビクトリア湖へ・・。人間のあるべき姿、何かヒントが見えてくるかしら。
I am on the Lake Victoria! searching the answer to a question: How human beings should be…?

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広すぎて、湖と空の境目が見えない。
I cannot see the border between the lake and the sky…

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カバに出会う!
Hippopotamus!

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They hide and appear…
隠れては現れ・・401

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マングローブ。
Mangrove. 414
くちばしがとがっていて、つついて牛を殺してしまう鳥もいるらしい。
There are birds which kill cows be pecking…

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He is fishing setting a net.
網をしかけて魚を獲る。430

漁村。
Fishing village.

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たくさん水草のようなものが見えていますが、これが異常に繁殖してしまっていて、それが今の大きな問題だという。水草を食べてくれるような動物を連れてくるなど、生物学的な解決を試みる予定だそう。

There are a lot of seaweed and they are breeding too much in the lake. Kenya is going to try a biological way such as bringing its predators to solve this problem.

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湖の水は波打ち際でも全然きれいではない。。
The water is not clean or clear…

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This is not a rising sun!
これは夕焼けです笑。

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人間が自然に勝つようなことは、私は出来ないと思うし、する必要もないと思う。それよりも、未知の進化を迎えられるように、せめて人間同士では、知らないから違うからと言って嫌ったりしないで、助け合って暮らしたいものだ。

In my opinion, human beings cannot control nature completely nor there is no need to do that. I prefer that human beings support at least other human beings, do not hate because you don’t know or they are different, so that we can welcome unknown human evolution.

Lake Nakuru National Park ナクル湖国立公園

Enter at your own risk… There was a warning at the entrance.

自己責任で入園してください・・という入口の警告が印象的でした。

I saw a lot of zebras, monkeys, gazelles, buffalo, pelicans, rhinoceroses, wild boars, beautiful birds, and a few lions… and others I don’t even know their names.
たくさんのしまうまや、さる、ガゼル、水牛、ペリカン、サイ、いのしし、いろんな鳥やライオン、そして名前も知らない動物たちに出会いました。

I respect them so much because they do not hunt or eat more than they need.
必要以上に狩りをしたり蓄えたりしない彼らを私はとても尊敬しています。

ケニアから帰国 Came back from Kenya!

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I came back to Japan safely!!
無事に日本に帰ってきました~!

I had 3 goals and I think I did all what I could in Kenya!
3つ目的がありましたが、全部可能な限りしてこれたと思います。

1、人類発祥の地と言われているビクトリア湖の辺りに行って、人間のあるべき姿について考えてくること、
→答えはまだ見つかっていないかもしれませんが、ビクトリア湖に行ってきました。でも、ケニア人曰く、人類発祥の地はタカナ湖らしいので、もっとまずはリサーチします。
1. Think about how human being should be by visiting the lake Victoria area
→I went to the lake Victoria and still am thinking. But some Kenyans told me that I should go to the lake Takana.

2、孤児院やスラムに行って、私が出来ることをしてくること、そこにある大切な声をより多くの人々に伝えること、
→孤児院にもスラムにも行ってきました。後程詳しく投稿します。
2. Do what I can do in orphanages and slums and communicate important voices from there to as many people as possible
→I went to both orphanages and slum and I will report on them in detail later!

3、人や自然との繋がりを大切にすること、
→大事な人たちや偉大な自然と触れ合ってその大切さを再認識できたと思います!
3. Treasure relationships with people and nature
→I met very important friends and people and saw great nature. I will treasure them!

お世話になった方々には本当に感謝しています。
I really appreciate people who took great care of me in Kenya.

もっとたくさんの写真と私が見てきたものについてこれからシェアしていきます!
I will share what I saw in Kenya later with more pictures!

年末年始ケニア訪問に描くビジョン Vision of Visiting Kenya

27日から1月5日まで、ケニアに行ってきます。
I am visiting Kenya from December 28th to January 4th!
今回の目的は、
My goal of this trip is:
1、人類発祥の地と言われているビクトリア湖の辺りに行って、人間のあるべき姿について考えてくること、
2、孤児院やスラムに行って、私が出来ることをしてくること、そこにある大切な声をより多くの人々に伝えること、
3、人や自然との繋がりを大切にすること、
です。
1. Think about how human being should be by visiting the lake Victoria area
2. Do what I can do in orphanages and slums and communicate important voices from there to as many people as possible
3. Treasure relationships with people and nature

無事な旅を祈ってくださっている方々、貴重な機会を下さる方々、ケニアで歓迎してくれる皆様、本当にありがとうございます!今回の素晴らしい経験を多いに生かすので、よろしくお願いします!
Thank you so much to whom wish me a safe trip, whom provide me precious chances, and whom welcome me in Kenya! I will make the most of experiences I am going to have!

もう一つの視点 ルワンダ大虐殺? Different Perspective on Rwanda Genocide 

pierre pean

フランス人ジャーナリストのピエール・ペアンは、ルワンダ大虐殺の真相を探っている。ルワンダ大虐殺は一方的ではなかった、つまり、大虐殺の対象であったとされているツチ族も、多くのフツ族の人々を殺害していたという報告が、国連を含め多くされている。ピエール・ペアンも、物事を多面的に捉えて、隠れている面を世界に発信しようとする人の一人で、6月27日、立教大学にフランスから赴いて見逃されてはいけない事実を語った。

Also thousands of Hutus were killed in Rwanda genocide, and this fact has been reported by UN and other institutions, a French journalist Pierre Pean said. Pierre Pean has been searching for the real picture of Rwanda genocide of 1994.

彼は主にアフリカの大湖地域、ルワンダ、コンゴ民主共和国、スーダン、ウガンダ、アンゴラなどの国がある地域で、なぜ紛争が長期化するのかについて、主に欧米の大国の役割の観点から公演をしたが、ここではルワンダに注目することにする。

20世紀まで続いた植民地時代が終わったと思いきや、実は今でもアフリカの現実の裏には、大国の存在が大きく潜んでいる。ピエール・ペアンによると、25年前ベルリンの壁が崩壊した冷戦後、アフリカに影響力を持つ国が変わっていった。それまで主にフランスやイスラムがアフリカに大きな影響力を持っていたが、アメリカとその同盟国はその影響力を弱めるために、アフリカ大陸を自分の都合の良いように再構成する政策に乗り出した。様々な表に出ない戦略的戦闘や経済的紛争を繰り広げ、反政府戦力、アフリカの国家、傭兵、多国籍企業、NGO職員、人権活動家やジャーナリストの一部を大いに活用することによって、アフリカとその豊富な天然資源の制服を試みてきたという。

After the Cold War, America and its allies started a lot of invisible political and economical strategies to conquer Africa against France and Islamic power using anti-governmental powers, international companies, NGOs, human rights activists, and some journalists.

ルワンダの大虐殺においても、フツ側はフランスが加担してツチの大虐殺が行われていたが、ツチ族のRPFも少なくとも2~4万人の市民を殺害したと、UNHCRなどから報告が出ている。なぜRPFが犯した罪が隠され、多くのメディアでツチ族が被害者としてだけ写されているかというと、主にアメリカの情報操作と、RPFのリーダーである現ルワンダ大統領ポール・カガメとアメリカの関係がある。

The fact that RPF killed at least 20,000~40,000 people during the genocide is usually hidden mainly because of the relationship between the current president of Rwanda, Paul Kagame, and the USA.

まずRPFは、ルワンダからウガンダに避難したツチ族のルワンダ人によって、ルワンダの隣国であるウガンダで結成されたのだが、彼らはルワンダに90年代に戻り始める前、人権擁護団体に、自分たちは犠牲者なんだと訴えるキャンペーンを行っていた。しかし実際は、ルワンダの政権を奪還するためにルワンダに侵攻していたのである。

Before invading Rwanda, RPF did a campaign saying that Tutsis were the victims of Hutus’ killing.

アメリカやイギリスは、反フランス・反イスラミスト勢力で、かつアフリカ大湖地域征服をもくろむカガメを支援した。ベルリンの壁崩壊から、世界はグローバル化し、また大きくIT化した。通信技術が発達し、透明性も上がったが、同時に情報操作もしやすくなった。ツチ族が被害者で、フツ族が加害者だというアピールは、ルワンダ国内外で大きくされている。

カガメ率いるRPFは、ルワンダに侵攻して政権を取った。1994年、フツ族もツチ族も多くの人々が殺されたその出来事は、「内戦」と呼ばれることも、「紛争」と呼ばれることもある。在ルワンダのJICAを訪れたときにも、職員は「大虐殺」とは言わず、「内戦」と言っていた。その後RPFはコンゴにも、逃げたフツ族を追って進行している。しかしその事実はほとんど知られていない。

カガメを始め、アフリカの複数のリーダーたちは、それぞれの戦争責任があるにも関わらず、今でも不処罰の文化を蔓延している。それを大国が自国のもくろみのためにサポートしている。

Even though some leaders in Africa has their war responsibility, they spread the culture of unfair punishment. What worse is that superpowers are supporting the unfairness for their own profit.

私がルワンダの大虐殺のリサーチをしていてRPFが大虐殺を終わらせたと多く聞かされていつも疑問に思っていたのは、「どうやって」終わらせたか、だった。

「大虐殺」という言葉に圧倒されてはいけない。裏に大国や、たくさんの意図が隠れているのが今の現実だ。紛争が、見えている敵同士の戦いではなかったりする。平和に見えているものが、実は平和ではなかったりする。きちんと自分で見て判断しなければいけない。事実を隠して、自分のことを棚に上げて、リベンジして、他に苦しむ人々を生み出して、そんなところから得られるものがほしいのだろうか?世界市民として、一人の人間として、何が一番大切なのか、考えなければいけない。

We should not be overwhelmed by the word “genocide.” A lot of selfish intentions are hidden behind. Conflicts might not be fights between visible enemies. Peace might not be real peace. We have to look into the real fact by ourselves. Is it really something to wish for if we need to hide the truth or revenge or hurt others to get that?

(参考:立教大学配布資料「なぜアフリカの紛争が長期化するのか?-大国の役割の観点から考える」

Reference: “Why are Conflicts in Africa Prolonging? –From the Perspectives of Superpowers’ Roles– Rikkyo University June 27, 2015”)

77 years old Japanese lady in Rwanda 77歳単身でルワンダで暮らす IZUBA照子さん

キガリで一人で暮らす日本人の方がいると聞いて、突撃訪問させて頂きました。

I got to know that there was a Japanese lady living in Kigali by herself, which is a very rare case, so I decided to visit her.

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何よりもすごいと思わされるのは、彼女が芯から生き生きしているということです。
The most impressive thing about her is that every part of her is lively.

彼女は20年以上前に日本で支援を始めた「ウムチョムイーザ(良い文化)学校」でボランティア教師として音楽の授業とピアノを教えていらっしゃいます。
IZUBA Teruko voluntary teaches music and piano at Umuco Mwiza school in Kigali, which she started support 20 years ago in Japan.
学校まで1時間かかるそうですが、年齢には負けず、毎朝7時に家を出てバスを乗り継ぎ、午後4時か5時に帰宅という日々を元気で過ごしていらっしゃいます。
It takes 1 hour for her to get to the school, which means she has to leave home at 7 and get back around at 5 pm every day changing buses, but she stays tough regardless of her age 74.

ピアノは、音大に通われていたとき以来にルワンダで弾いたそうです。とても力強くエネルギッシュにピアノを弾かれます。一番印象に残っているのはトルコ行進曲で、一緒に訪問したルワンダのアーティストであるマニ・マーティンやアレックス・ブワナクウェリも、ルワンダで高齢でピアノをこんなにもすらすらと弾く人間は見たことがないと、興奮していました。
The last time she played piano before she started playing it in Rwanda again was when she was a student at a college of music. Even so, she played energetically and smoothly. Her Turkish March was especially impressive. Mani Martin and Alex Bwanakweri, who are Rwandan artists, were so excited because it is rare to see a person who is very good at playing the piano.

しかしやはり、年齢的にはかなりハードな毎日だそうです。ルワンダで最も話されているのはキニアルワンダ語、フランス語、次いで英語ですが、IZUBA照子さんは、ルワンダに来る前、そのうちのどれも話せませんでした。74歳のおばあさんが、現地の小学生にまじって英語を学んだそうです。困難な事も多々あるそうですが、「それだからこそ生きている実感があるので、それをどのように解決し処理するかを考える事から、アイデアや知恵が生まる楽しさを持つ事ができるでしょう。苦も楽も表裏一体・・・・・・・・」とおっしゃいます。
Nevertheless, she feels hardships in her life especially because of her age. Languages spoken in Rwanda are Kinyarwanda, French, and English, but she could speak none of them before she came to Rwanda. 74 years old lady studied English with local Rwandan elementary school students. Life is not easy but she says “thus I feel alive and can enjoy bearing ideas and wisdom through hardships. Pleasure is pain, and pain is pleasure.”

もうすぐ移住満3年の日を迎えられますが、ただの1度も病気やケガには縁なく、大好きな子供達、先生達と共に過ごす事で新たなエネルギーが湧いてくる日々を、感謝し楽しんでいるだけだといいます。
It is going to be three years since she moved to Rwanda. She has never gotten sick or injured, and she just enjoy and appreciate her everyday life gives her energy with children and teachers she loves.

傍から見ても本当に毎日生き生きと元気にポジティブに楽しんでルワンダで生きていらっしゃる。その源はどこにあるのでしょうか?
Everyone agrees that she enjoys her life in Rwanda so lively and positively. What makes her like that?

ルワンダの教育を考える会

http://www.rwanda-npo.org/activities/rwanda/

IZUBA照子さんは、2012年、彼女が74歳の時にルワンダに永住すると心に決めて日本を発ちました。ルワンダでの永住を決める前、彼女はルワンダを短期訪問したことがあるだけでした。
It was in 2012 that she decided to move to Rwanda for good and left Japan when she was 74. She had visited Rwanda only for a short stay before that.

一番最初のきっかけは、彼女が30代の頃起きたイスラエルのテルアビブ空港での日本赤軍乱射事件(1972)で、パレスチナの子供達がどれほど悲惨な状況に置かれているかを知ったことが、途上国の子供達の教育支援の原点となったことだそうです。
Lod Airport Massacre of 1972 in Israel by Japanese Red Army shocked her and she came to know how hard situation children in Palestine are in. Then she started supporting education for children in developing countries.

日々の暮らしの中に、自分の人生に使命や元気の源を与えてくれるきっかけが、世界には溢れているのですね。
The world is filled with triggers that give people a mission in life and energy for life.

その後アジア諸国の支援を長年続けた後、2002年アフリカの子供達に初めて思いが向いた時出会ったのが、郷里福島市で母国ルワンダの
子供達の学校建設をしているマリールイズだったそうです。
After she kept providing supports for Asian countries for a long time, she met Marie Louise, who was establishing school in her country Rwanda for children, in her home town Fukushima in 2002. She started to feel close to Africa as well.

マリールイズは、IZUBA照子さんが今ボランティアをしている 「ウムチョムイーザ学校」を建てて、宗教や政府からは独立した独自の教育プログラムを提供しています。

Marie Louise established Umuco Mwiza school which IZUBA Teruko is doing volunteering today and provides special educational program independently from the government or any religions.

マリールイズ

IZUBA照子さんは、まだその頃はアフリカ大陸に全く無知であったそうですが、「ルワンダの教育を考える会」が発行したルイズの紹介記事を一読した後、「この方の全てが信じられる」と何故か直感したのだと言います。

IZUBA Teruko was almost ignorant about Africa when she first read about Marie Louise on a report published by NPO “Think About Education in Rwanda.” However, she intuitively felt that she could believe everything about her.

IZUBA照子さんは、当時NPO法人を設立したばかりのその「ルワンダの教育を考える会」に5月に入会し、入会2カ月後にはルイズのルワンダ帰国に同行して、内戦後8年の殺伐としたキガリで10日間ホームステイをされました。その時、赤茶けた地面と砂ぼこりがまう校庭で遊んでいた
数人の子供達に出会った事が、ルワンダ永住に繋がる第一歩だったと言います。

IZUBA Teruko joined the NPO “Think About Education in Rwanda” soon later which was an organization just established as NPO in Japan. Two months later, she visited Rwanda with Marie Louise for 10 days and saw still savage Kigali, after eight years from the civil war, the genocide. She met some children there playing on schoolyard of reddish brown in dust, and that was the first step for her to decide the permanent stay in Rwanda.

直感を信じて、会社に勤務する傍ら、「ルワンダの教育を考える会」の理事になり、ルイズとの道を歩まれてきました。彼女の直感は間違いありませんでした。
30代にスタートした子供達の教育支援という川の流れが、何十年という時の流れの中で、紆余曲折しながらも絶える事なく流れ続けて、ルワンダという国にたどり着いたという、運命的な思いを彼女も感じています。

She believed her intuition and kept working for “Think About Education in Rwanda” while working full-time for a company.

She thinks it is like the river of educational support for children that started when she was in her 30s. It was meandering but it kept running for decades of her life without any stop and finally reached Rwanda. She feels her intuition was right and feels also destiny,

「2002年の初訪問、今では想像もできない汚い埃まみれで殺気だったキガリに滞在しながら、1度も嫌な国と思った事がなく、子供達の
キラキラ輝く瞳、屈託なく笑う笑顔と笑い声に魅了されてしまったのです。」

There are some difficulties in life especially comparing to one in Japan, but she has never taken them as difficulties. She first tries to do by herself even what she feels impossible. But she does not forget to be honest and appreciate when she finds what she cannot do by herself.

74年の人生の中で起こった様々な全ての事が繋がって、IZUBA照子さんは2014年に一切を整理してルワンダへ移住しました。「文化も生活レベルの違いもある中、英語、ルワンダ語の会話もできない、ないない尽くしの日々、出来る事は全て自分でする、出来ないと思った事でもいろいろ工夫してやってみる、どうしても出来ない事は素直に助けてもらうを心情に、トライトライの連続です。しかし1度も辛い苦しいと思った事がなく、困難であっても苦難にならない、ルワンダの良いも悪いも全て含めて大好きと言い切れる自分に、我が事ながら不思議でなりません。だから運命的なものと思うほかありません。」

She was fascinated by children in Rwanda with shiny eyes and carefree smiles. She can clearly say that she loves Rwanda with everything of it including good and bad, and she feels interesting about that.  Therefore, she thinks it is her destiny.

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IZUBA照子さんは、いつも自分と正直に真剣にじっくり向き合っていらっしゃいます。他があるからこそ自分があるのだということも心にいつも留めていらっしゃいます。そして自分で決めます。強い芯を持っていらっしゃいます。誰もがIZUBA照子さんのように運命を感じても感じていなくても、生き生きと生きることが出来るはずです。その秘訣に、年月をかけて迫りたいと思います。

She always faces to herself seriously, honestly, and carefully. She values others’ existences to know own existence as well. And she decides by herself. She has something very strong inside. Everybody should be able to live lively like her feeling destined or not. I am going to search for the key that each person can have life with hope and happiness.

LBI (Little Bee International) gives the weak of the weak hope 弱者中の弱者を助けるNPO法人 LBI Japan

LBI is a NPO which specifically support women and children in a slum on Kenya.
LBIは、ケニアのスラムの人々を支援する団体です。スラムの人々の中でも、特に厳しい生活を送っている女性や子供の支援をメインに行っています。

LBI_main

They try to let women and children in Korogocho slum in Kenya be financially and mentally independent so they can live life with dignity. They aim at letting Japanese know wonderful aspects of Africans and building relationships connected by each person’s small efforts and smile.
「アフリカ・ケニアのコロゴッチョスラムの女性や子供たちに、甘 えではなく”自律”と”自立”に基づいた生きる力を育てます。 日本の皆さまにもアフリカの人々の魅力が伝わるように、一人一 人の小さな力を合わせた つながりが、笑顔で結ばれていく関係を目指します。」ーLBIホームページより

LBI_comment

As a LBI friend, they introduce my comment on their web site:
LBI Friendとして、コメントが掲載されました:
There are so many kinds of jobs. I wish people who have high profile jobs to remember that they can outstand because of others are doing what they need to make their life. Appreciating self and others for being able to be the way we are is important. I want to live life like that in the way everyone can be happy.
誰にでもできると思われる仕 事はたくさんあるけれども、 そうでない仕事をさせても らっている人々は、彼らが際 立つことが出来るのは他の 人々に大きく寄っているとい うことをずっと覚えていて頂 きたいと思います。 私たちが私たち自身でいられ ることを自分と他人全ての 人々に感謝して、みんなが幸 せに暮らしていけるように生きて行きたいと思います。

It costs only $500 for a child to go to secondary school for a year. LBI helps you to be hopeful and ambitious that you can do something as well. It is a good opportunity to think about what happiness is and what good is. I hope LBI grows more and increases the lowest level of lives.  Also, I hope LBI helps people to increase the consciousness as a global citizen and face social problems as theirs.
年間5万円で一人の子どもが、中・高の教育を受けられると教え てもらい、具体的に自分にも何が出来る、と感じさせてくれたのもLBIです。 何が幸せで何が良いのかを考えさせられる良い機会にもなると思 うので、LBIが更に発展し、ケニアのスラムでより良い生活をす る人が増えることと、世界中の人々の世界市民意識が向上するこ とを願っています。

Link to LBI:
http://www.littlebeesinternational.org/